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      丸壷

      山に転がる丸い物

      辻村史朗さんのご自宅兼工房に初めてお邪魔した時、見渡す限りあらゆるところに焼物が転がっている光景に目を奪われました。文字通り「転がっている」焼物の中でも特に目を引いたのが、自宅玄関に向かう道沿いに転がされている丸い焼物でした。その焼物の自然釉の色がそう思わせるのか、山の中から出てきた岩の様に、自然と溶け込んでいます。道端で横になる愛犬のコロちゃんも当たり前にそこにあった様にお昼寝をしています。

      転がっていた焼物は、「丸壷」というシリーズで、その名の通りまん丸球体の壺です。茶陶で有名な辻村さんのもう一つの代表的なシリーズではないでしょうか。お茶を飲むという文化のない欧米の方たちは、むしろこの丸壷や大壷のイメージが強い様に思います。世界的な有名人のコレクターも多く、最近話題になった有名人でいえば、キム・カーダシアンとカニエ・ウエスト夫婦はワイルドにキッチンにドンと載せて飾っています。(https://www.instagram.com/tv/B8HndaIHGEP/?utm_source=ig_web_copy_link)

      通常、辻村さんと言えばロクロの天才で、蹴りロクロでお茶碗など多くのものを製作しています。そのロクロを学びに細川護熙さんも住み込みで学びに行きました。一方丸壷は、型を用いて制作されています。半月型の型で成形し、二つを一つにくっ付け合わせて球体にしています。真ん中に見える線は、つなぎ目で、そこがまた面白い。型で作られている為、サイズはどの作品もほぼ同寸です。大きく分けて3つの大きさがあります。直径20cmの小サイズ、30cmの中サイズ、そして40cmの大サイズが最大となります。多くのファンがいる粉引の丸壷は、大サイズがなく、中サイズが最大寸法です。一つおいてももちろん素敵ですが、大小様々な丸壷が組み合わさると、不思議な空間となり、それもまた面白いです。




      自然の色?白い色?


      アースカラーの作品は、自然釉で焼き上がりによって様々な色が出てきます。室内に飾られることが多いと思いますが、水に濡れるとさらに色々な色が出現してきます。薄緑色が、キラキラと輝き出したり、グレーに見えていたところから綺麗な水色が出てきたり、違った表情を見せてくれます。家の中に水を撒くわけにはいかないので、どの様にしたら良いのかと考えるのですが、、、。

      もう一つのは、白い丸壷です。辻村さんの白い焼物の代表といえば、粉引の焼物です。赤黒の土に、白い泥でお化粧をし、透明の釉薬がかかった粉引の器。ポテっとした白い表情は辻村さんならでは。粉引の丸壷を雨の日に外に置いておいたところ、グレーの斑点が白い器のあちこちに出現しました。その表情が面白く、辻村さんにお話したところ、「雨漏り」と呼ばれ、ガラス質の釉薬にある小さな穴から水分が白い泥に入り込み、グレーの斑点が浮き出てくるそうです。2、3世代先には、この斑点が定着する様ですが、それは遠い未来の話と教えてくれました。

      白い粉引の丸壷は、これまで小さい物と、中サイズだけ制作されてきました。大きい白い壺が欲しいという方も多いのですが、中サイズが最大サイズとなります。一方で、粉引とは違った磁器の土が用いられた丸壷は大きいサイズがあります。この白い磁土の丸壷は、辻村さんの話によると私たちとベルギーの強者さんしか持っていないという噂です。粉引の白より、青グレーの様なシャープな雰囲気で、所々薄っらと薄ピンクの斑点が見えてきます。


      So da te ru

      ある日、教えていただいたのですが、

      「焼物は、作り手半分、使い手半分」

      そんな言葉があるそうです。多くの欧米や、アジアの他地域の方々とお取引する中で感じることは、こういう感性は日本独特だなということです。完成品ではないものを売っているということは、海外の皆さんの感覚ではかなりあり得ないことの様です。反対に、日本の「使っていく中で変化を楽しむ」という文化は、時として色々なトラブルの原因であったりもします。何を持って「完成品」と考えるのかということはとても難しいことだなと思います。何を美しいと思うのか、どんな美を自分で見出せるのかというとこにつながって、なんだか禅問答の様ですね。「焼き物を育てる」というそうですが、そんな言葉が国際語となり、多様な中の、多様な変化や多様な未来を美しさと認められる世界がきたら、もっと平和な世界になるのかな?そんなことを思ったりします。

      「言葉みたいな顔がある」という短いテレビ番組が印象的で、生き様が顔に現れるのだなとそんなことを思ったわけですが、その生き様が自分の大切にした焼物に現れてくる。どんな顔になるのは「使い手」次第というのは、日本の焼物の魅力の一つの様に思います!いかがでしょうか?